AIエージェントのアイデンティティ管理が企業セキュリティの鍵に
AIエージェントのアイデンティティ管理が企業セキュリティの新たな要となっています。自律型AIエージェントが社内システムにアクセスする時代に、どう管理・統制すべきか。...

AIエージェントが「仮想の従業員」として企業内で自律稼働する時代が現実のものとなりつつある。これに伴い、企業セキュリティの最前線では、人間のアカウント管理と同等、あるいはそれ以上に厳格な「AIエージェントのアイデンティティ管理」が不可欠の課題として浮上している。米NewCoreが2025年に6,600万ドルの資金調達を発表したことは、この問題がもはや技術的な議論の域を超え、実際のビジネスインフラ整備へと移行していることを如実に示している。
AIエージェントの進化と課題

数年前まで、AIエージェントは「特定タスクを補助するツール」に過ぎなかった。しかし今日では、複数のシステムをまたいで情報を収集・判断・実行する自律型エージェントが登場し、財務データへのアクセス、顧客情報の参照、外部APIへの接続といった、かつては人間の担当者のみが行っていた操作を代行するケースが急増している。
ここで重要なのは、AIエージェントの「自律性」が高まるほど、セキュリティ上のリスクも比例して拡大するという点だ。人間の従業員であれば、採用審査・権限付与・行動ログの監査という一連のプロセスで管理できる。ところがAIエージェントには、統一された身元証明の仕組みも、行動に対する法的責任の帰属も、現状では明確に整備されていない。悪意ある第三者がエージェントになりすましてシステムに侵入したり、設計上の欠陥によってエージェントが意図せず機密データを外部に送信したりするリスクは、現実的な脅威として認識されている。
Gartnerの調査によれば、2027年までに大企業の半数以上が複数のAIエージェントを業務に組み込むと予測されているが、その大半が適切なアクセス制御なしに運用されるリスクがあると指摘されている。マルチエージェントシステム(MAS)が企業内に拡散するほど、「どのエージェントが何の権限を持ち、何をしているか」を把握することは指数関数的に困難になる。この状況こそが、AIエージェント専用のアイデンティティ管理という新領域を生み出した根本的な背景である。
NewCoreのアイデンティティ管理ソリューション

こうした課題に正面から取り組んでいるのが、米国発のスタートアップNewCoreだ。TechCrunchの報道によると、同社は6,600万ドルの資金調達を完了し、AIエージェントに「デジタルアイデンティティ」を付与するプラットフォームの本格展開を開始した。
NewCoreのアプローチを一言で表すならば、「IAM(ID・アクセス管理)の概念をAIエージェントに拡張する」ことだ。従来のIAMが社員IDやロール(役割)に基づいてアクセス権を制御するように、NewCoreはAIエージェント一体一体に固有のデジタルID・権限スコープ・行動ポリシーを割り当てる。これにより、「このエージェントは顧客DBの読み取り専用アクセスのみ許可」「このエージェントは財務システムへのアクセス禁止」といった細粒度のアクセス制御が実現する。
注目すべきは、NewCoreが単なるアクセス制御ツールに留まらず、エージェントの行動をリアルタイムで監視・監査するログ機能を備えている点だ。人間の業務監査と同様に、「いつ・どのシステムに・どのデータにアクセスしたか」を記録し、異常な動作を検知した場合は即座にアラートを発する仕組みになっている。これはコンプライアンス要件の観点からも極めて重要で、GDPRやSOC 2といった規制への準拠を自動化する効果も期待できる。
さらに、マルチエージェント環境における「エージェント間の認証」も大きな特徴だ。あるエージェントが別のエージェントにタスクを委任する際、委任元の権限を超えた操作が行われないよう、エージェント間のトラスト(信頼)関係も管理する。これは、単一エージェントのセキュリティ管理とは一線を画す、次世代のアーキテクチャ設計といえる。
企業におけるセキュリティ戦略の変化
NewCoreの登場は、企業のセキュリティ戦略全体に対して根本的な問い直しを迫っている。従来、企業のサイバーセキュリティは「人間のユーザー」と「システム間のAPIキー」という二軸で設計されていた。しかしAIエージェントはその中間に位置する存在であり、自律的に判断しながら複数のシステムを横断するため、既存のセキュリティモデルでは捕捉しきれない。
AX(AI Transformation)が進む企業において、この問題はすでに経営レベルの課題となっている。MicrosoftはCopilot for Microsoft 365の展開にあたって、エージェントの権限管理をEntra ID(旧Azure AD)に統合する方針を打ち出しており、SalesforceもAgentforceにおけるアクセス制御の強化を継続的にアップデートしている。業界全体として「AIエージェントをセキュリティポリシーの管理対象に含める」という方向性は既定路線になりつつある。
一方で、中堅・中小企業にとっては大きな課題も残る。大手プラットフォームベンダーが提供するエコシステム内でAIエージェントを利用するケースは管理が比較的容易だが、LangChainやDifyなどのオープンソースフレームワークを使って独自エージェントを構築している企業では、アイデンティティ管理の仕組みを自前で実装しなければならない場面が多い。NewCoreのようなサードパーティ専門ソリューションへの需要が高まる背景には、こうした実態がある。
筆者の見解としては、AIエージェントのアイデンティティ管理は今後3〜5年で「セキュリティ基盤の必須要件」として業界標準化されるとみている。現在は先進企業が独自対応している段階だが、規制当局の動向次第では、欧州AI法(EU AI Act)のような形で法的義務として課せられる可能性も十分にある。
日本市場への示唆
日本市場においても、AIエージェントのアイデンティティ管理は早急に対応が求められる課題だ。経済産業省は2024年に「AI事業者ガイドライン」を公表し、AIシステムのリスク管理やガバナンス体制の整備を企業に求めているが、AIエージェント特有のアクセス制御については、具体的な指針が追いついていないのが現状である。
国内で注目すべき動きとして、NTTデータが2025年から推進している「AIエージェント統合管理基盤」の開発プロジェクトが挙げられる。複数の業務AIエージェントを一元的に管理し、権限・ログ・監査機能を統合するこの取り組みは、まさにNewCoreが手がけるアイデンティティ管理の思想と方向性が一致している。また、富士通が提供するエンタープライズ向けAIプラットフォーム「Fujitsu Kozuchi」でも、エージェントのアクセス制御機能の強化が進んでいる。
一方で、日本企業特有の課題として「レガシーシステムとの統合」がある。多くの大手製造業や金融機関は、数十年来の基幹システムを抱えており、これらに対してAIエージェントが安全にアクセスするための認証・認可の仕組みを後付けするのは技術的に複雑だ。この課題を解決する国内ITベンダーやシステムインテグレーターの役割は今後ますます重要になるだろう。
サイバーセキュリティの観点では、IPAや内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)がAIシステムのセキュリティに関する調査・ガイドライン整備を進めている。しかし、自律型AIエージェントに特化したセキュリティ基準はいまだ策定途上であり、NewCoreのような専門ソリューションが普及する欧米に対し、日本は1〜2年程度の遅れをとっているといわざるを得ない。企業のCISO(最高情報セキュリティ責任者)はいま、この空白期間にどう対応するかを真剣に問われている。
では、日本企業はどう対応すべきだろうか。まず着手すべきは、社内で稼働しているAIエージェントの「棚卸し」だ。どのエージェントが・どのシステムに・どのような権限でアクセスしているかを可視化する作業は、アイデンティティ管理の出発点であり、これなくしては高度なセキュリティ対策も機能しない。経産省のAIガバナンスガイドラインを参照しながら、自社のAI活用状況を定期的に棚卸しし、適切なリスク評価を行う習慣を組織として根付かせることが急務だ。
よくある質問
AIエージェントのアイデンティティ管理とは何ですか?
AIエージェントのアイデンティティ管理とは、企業内で稼働するAIエージェントに固有のデジタルIDを付与し、どのシステムへのアクセスを許可するか・どのような操作を実行できるかを定義・制御・監視する仕組みを指します。従来の人間向けIAM(ID・アクセス管理)をAIエージェントに拡張した概念であり、不正アクセス防止やコンプライアンス対応に不可欠です。
なぜ今、AIエージェントのセキュリティ管理が重要視されているのですか?
AIエージェントが自律的に複数の企業システムをまたいで情報にアクセス・操作するケースが急増しているためです。エージェントのなりすましや意図しない機密データの流出といったリスクが現実的な脅威となっており、Gartnerの予測でも2027年までに大企業の半数以上がAIエージェントを業務に組み込むとされています。管理の仕組みがないまま普及が進むと、セキュリティインシデントの発生リスクが飛躍的に高まります。
NewCoreはどのようなソリューションを提供していますか?
NewCoreは、AIエージェント一体ごとに固有のデジタルID・権限スコープ・行動ポリシーを割り当てるプラットフォームを提供しています。エージェントの行動をリアルタイムで記録・監視する監査ログ機能や、マルチエージェント環境でのエージェント間認証機能も備えており、GDPRやSOC 2などのコンプライアンス対応を自動化する効果も期待できます。
日本企業はAIエージェントのアイデンティティ管理にどう対応すればよいですか?
まず社内で稼働中のAIエージェントをすべて洗い出し、各エージェントのアクセス権限と行動ログを可視化することが第一歩です。その上で、経産省のAI事業者ガイドラインやNISCのセキュリティ指針を参照しながら、社内ポリシーを整備することが推奨されます。NTTデータや富士通など国内ベンダーの提供するエンタープライズ向けAI管理基盤の活用も有力な選択肢です。
AIエージェントのアイデンティティ管理は今後どうなりますか?
今後3〜5年以内に、AIエージェントのアイデンティティ管理は企業セキュリティ基盤の必須要件として業界標準化されると予測されます。欧州AI法(EU AI Act)のような形で法的義務として課せられる可能性もあり、現在先進的に取り組んでいる企業が競争優位を確立できる領域です。早期の対応着手が、将来のコンプライアンスリスク低減につながります。